- 読書が大切と分かっていても、何を読めばよいか分からない生徒と、何を読ませればよいか分からないご両親の参考になればよいと思い、まとめました。
- 啓発本や芸能人の書いた本の類は百害あって一理なしです。
- 漫画も語彙を増やしたり、熱中できるという意味では悪くないですが、やはり本がよいでしょう。
- 入試に出題されたもの、塾のテストやテキストで出題されたもの、あるいは本好きの生徒がよく読んでいるものから選んでいます。
- 随時追加していきます。
目次
1. 説明文
稲垣栄洋『面白くて眠れなくなる植物学』
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- 難易度:★★★★☆(4/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 出題元:SAPIXの4年生のテスト(1月)
- 筆者について:大学教授、植物学者。植物に関する分かりやすい本をたくさん書いています。
- この作品について:『面白くて眠れなくなる〜』というシリーズの一つです。こうしたネーミングはオーバーであることが多いですが、この『面白くて眠れなくなる植物学』はとてもよくできている本です。分かりやすく、内容もしっかりしています。小学校4年生には少し難しめなので、4年生の終わり頃に読んでみると良いでしょう。国語が得意な子や、植物が好きな子は早めに読んでも楽しめます。
- 引用:『人は花を愛します。大好きな異性には花束を贈り、花壇では花を育てます。そしてお墓には花を供えるのです。しかし、残念ながら、植物は人間のために花を咲かせるわけではありません。もちろん、園芸用に改良された花は、人間の好みの色や形に花を咲かせますが、野生の植物の花は、人間に見られるためのものではないのです。人間は花が好きですが、それは、まったくの片想いなのです。』
浅井利夫『いのちってなんだ — 生命と細胞』
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- 難易度:★★★★☆(4/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 出題元:SAPIXの4年生のテキスト(11月)
- 筆者について:医者。医学に関する子供向けの本を多く書いています。
- この作品について:子供は『なぜ人は死ぬのか、なぜ自分も死ななければならないのか』という問題にとても興味があります。デリケートで哲学的な問いではありますが、小学4年生は『解決のつかない曖昧な問題』『人によって意見の分かれる問題』に触れ始めるべき時期です。この作品は平易であり、専門的でもあるのでおすすめです。少し難し目なので、国語の苦手な子であれば、冬以降に読むのが良いです。
- 引用:『生きていればかならず死ぬ。これも「いのち」の大切な問題です。でも、「死」といっても、ほんとうは、いろいろな「死」があります。からだ全体の死の問題もふくざつです。「脳死」ということばを聞いたことがあるでしょう。これは脳が活動をやめてしまった状態のことです。これには、2つの考えかたがあります。心臓や呼吸がとまって脳がはたらけなくなったときが「脳死」だという意見。そして、脳細胞そのものが死んでしまったときが「脳死」だという意見です。』
浜なつ子『おかねのない動物園』
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- 難易度:★★☆☆☆(2/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 出題元:SAPIXの4年生のテキスト(11月)
- 筆者について:アジア(特にフィリピン)についての本で有名だが、最近は子供向けの動物に関する本も出している。
- この作品について:はっきりと小学生をターゲットにした文章なので、とても分かりやすいです。いわゆる説明文ですが、ストーリ性があり語り口も優しいので、子供でも退屈せずに読むことができます。旭山動物園についての文章は中学入試に頻出です。
- 引用: 『旭山動物園は、おかねのない動物園でした。お客さんが少ないので収入が少なく、市の予算がつかなかったからです。それでは動物たちに居心地のいい思いをさせてあげることもできませんし、古くなった動物舎を建てなおすこともできません。みんなはくやしい思いをしました。でも、不思議です。おかねのないじょうたいが長く続いたこともあって、かえってゆめだけがどんどんふくらんでいったからです。』
中村雅雄『おどろきのスズメバチ』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★☆☆☆(2/5)
- 出題元:SAPIXの4年生のテキスト(12月)
- 筆者について:もともとは小学校の教師。スズメバチの研究者。100回以上蜂に刺されているとのこと。
- この作品について:文自体は稚拙だが、本当に蜂が好きで、しっかりとした体験に基づいて書かれたものなので説得力があり、虫好きな男の子におすすめ。
- 引用: 『スズメバチがこわがられる最大の理由は、なんといっても、「刺されると死ぬ危険性がある」ということでしょう。実際、死者がもっとも多かった一九八四年には、一年間でスズメバチやアシナガバチに刺されて七十三名もの方がなくなりました。今でも、毎年二十名くらいの方が、スズメバチの犠牲になっています。ただ、わたしは、スズメバチに「おそろしいハチ」というレッテルをはり、いたずらに恐怖心をあおることは、むしろ逆効果だと思います。ふだんからスズメバチに強い恐怖心を持っていると、いざ出会ったときにパニックになってしまいます。それがスズメバチをかえって興奮させ、攻撃的にさせるのです。』
2. 物語文
『日本児童文学(雑誌)』
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- 難易度:☆☆☆☆☆(評価なし)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト、多くの中学受験問題
- 日本児童文学は月刊の雑誌。SAPIXのテキストや問題はここから出題されることも多い。また中学入試でもよく取り上げられる。掲載されている文章が適度な長さで、平易なものが多いので、問題として使用しやすいためと思われる。
- 掲載されている文章は、3~4歳でも読めそうな絵本に近いものから、小学校6年生でも楽しめそうなポップなもの、詩まで揃っているので便利。本好きな子であれば、隅々まで読んで楽しめる。本が好きでない子に読ませるには、レベルが合いそうなものを親が選んで提示する必要がある。
- 肝心の文章自体のレベルが総じて低く、素人のような文章や、インターネットに投稿されたライトノベルレベルの文章が散見される。良い文章もあり、入試で文章そのものが出題される可能性もある上、こうした子供向けの物語のみの雑誌は他に良いものがないので、定期購読する価値は十分にある。
- 引用:『このごろ、ずっと気が重い。むねのかたすみに、あのことが引っかかっていて、すっきりと晴れやかな気分になれない。それは、あした、九月二十三日の運動会のこと。短きょり走があるから、すごくイヤ。学校で、運動会の話題が出るようになってから、私の気持ちは下降線をたどってきた。そして、今日は総練習だ。』(『スタートライン』加藤章子・日本児童文学2005年9~10月)
斉藤洋『七福鳥』
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- 難易度:★★☆☆☆(2/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト
- 作者について:受賞歴もある有名な児童文学作家です。随筆かと思えるような自然な語り口で、不思議で面白い物語を展開します。
- この作者の他作品:『ルドルフとイッパイアッテナ』は名作です。こちらはベストセラーなので入手しやすいでしょう。
- この作品について:変な言葉を覚えさせられた九官鳥にまつわる奇妙な話です。可愛がっていた九官鳥のジュンちゃんが逃げ出して落ち込む老人のもとに、鳥を見つけたとの連絡があり、家に戻ってくることになったのだが・・・。読みやすく、話も面白いです。
- 引用:『知り合いに、九官鳥をかっている竹中さんという人がいる。竹中さんは近所の一けん家に住んでいるひとりぐらしの老人だ。私は一度、用があって、竹中さんのうちに行ったとき、その九官鳥を見せてもらった。それはジュンちゃんという名のよくしゃべる九官鳥だった。「ワタシ、ジュンチャン、オハヨウノ、サヨウナラ。コンバンハデ、イラッシャイ!」などと言うのだ。』
はやみねかおる『影をぬすむ男』
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- 難易度:★☆☆☆☆(1/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト
- 作者について:超人気作家なので、書店でその作品を目にする機会も多いです。とにかく読みやすく、面白い文章なので、本をあまり読まない子にも取っつきやすいと思います。
- この作者の他作品:『都会のトム&ソーヤ』など女子に人気なベストセラー作品が多く出版されています。女の子を読書好きにするために、シリーズを本棚に揃えるのがお勧めです。
- この作品について:超人気作家のデビュー作です。本屋の店主のおじさんは、みんなを笑顔にするために怪盗道化師になります。怪盗といっても、価値のあるものを盗むのは禁止しています。その怪盗道化師のもとに、不思議な依頼が舞い込みます。子供向けの探偵ものに共通する読みやすさがあります。文章の質や深みというよりは、面白さと読みやすさを重視しており、ライトノベルに近いです。その分読みやすく、漫画感覚で読めるでしょう。本を好きになってもらうための導入としてお勧めです。
- 引用:『まどにつってあった風りんをかたづけ、あみ戸を外し始めた西沢書店に、「かげをぬすんでほしいの。」小学校三年生くらいの女の子がやってきて、言いました。「はあ・・・?」おじさんは、思わず聞き返しました。「あのね、わたし、道化師さんにかげをぬすんでほしいの。」真けんな目で、女の子が言いました。』
『世界のわらい話 三年生』
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- 難易度:★★☆☆☆(2/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 世界の笑い話を集めたものです。外国文学は難関中学の受験でよく出題されるのですが、苦手意識を持つ生徒が多いです。小さい頃から慣れておくと良いでしょう。
- 学年別に編集されているものなので、難しすぎる心配がありません。
- 子供向けの本も軽薄なものが増えていますが、これは笑い話といっても、テキストや内容に深みがあります。
江國香織『子供たちの晩餐(「つめたいよるに」)』
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- 難易度:★★☆☆☆(2/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- この作家について:人気作家です。子供向けの物語のみを書く児童文学作家は明るくあっけらかんとした印象の文章が多いですが、この人の文はクールなのに湿っているような、シンプルモダンな印象です。
- この作品について:小学4年生でも読める文学としてお勧めです。子供向けの『おはなし』を卒業して、小説・文学へ挑戦する最初の本としてちょうど良いと思います。『子供たちの晩餐』は、何も不思議なことは起きないのに、現代のおとぎ話といった雰囲気が漂っています。内容的にも子供が共感でき、面白く読めるものです。
- 引用:『私たちは台所にかけもどり、それからまた庭にもどって、ぱっくりと口を開けた土のバケツに、一人一人パンを投げすてた。あざやかな緑色の冷えたサラダをすて、つけあわせのにんじんとほうれん草もすてた。その上からレモンジュースをどぼどぼまくと、バケツはおなかいっぱいの、幸福な胃ぶくろみたいに見えた。』
最上一平 『糸』
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- 難易度:★★★★☆(4/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- この作家について:児童文学作家。絵本作家。現代的なのに味わいのある文章です。
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(10月)
- この作品について:SAPIXでは10月のテキストに出てきます。4年生の終わり頃だけあって、少しレベルが上がっています。微妙な気持ちの動きを感じとる訓練の最初にちょうどいいです。異性の友人の新しいズックがうらやましくて、触っていたら誤って川に流してしまうのですが、『うらやましいと思っていたと知られたくない』ために必死で追いかけ、その後無理しておぶって帰ります。
- 引用:『「ズックどうしたァ」和子が立ち上がった。「流れて行った」「アーア。きのうと今日しかはいていないのに無くしちゃった。きっとしかられるなァ」「かんべん。んでも、流そうとして流したんじゃないぞ」「いたずらしていたからよ」そう言われると、拓也は何も言うことができなかった。ただ、和子の顔をずっとにらんでいた。視線をさけてしまえば、とんでもない悪者にされてしまいそうで、そうしていることが、拓也にすれば、自分を守る最後の術だった。』
内海隆一郎『人びとの情景』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- この作家について:出版社の編集者、作家。分かりやすく優しさにあふれた文体だが、児童文学作家ではありません。小学中学年〜高学年の生徒が大人向けの文章に触れるのに向いています。
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(11月)
- この作品について:両親が離婚した後、家族が幸せだった頃の家を一人で訪ねてきた男の子。男の子を思いやる周囲の大人たちの控えめな対応が、大人の読者にとっては『ちょうどいい』のですが、小学4年生にとってはつかみどころがないように感じるかもしれません。それが読解の訓練になります。
- 引用:『「あのビワの木は、やはりジュンくんにとって、とても大事な木だったんだ」「・・・ジュンちゃんのそんな気持ちを、お父さんやお母さんはわかってるのかしら?」「それはわかってるだろうさ。しかし、当人たちにとっては、子どもの気持ちをふみつけにしてもりこんしなくちゃならない事じょうがあるんだろう」松本さんは、そう言ってから、立ち上がった。「・・・それでも、あの子がビワの木を見に来たことを、なんとかして伝えておこうと思うんだ。おせっかいでも、これだけは伝えてやりたいんだ」』
エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(12月)
- この作家について:ドイツの有名な作家。1899年生まれ。児童文学だけでなく、大人向けの小説も執筆している。
- この作品について:しっかりした作家が書いたもので、100年近く読み継がれているものなので、さすがにクオリティが高い。映画化もされている。角川つばさ文庫から挿絵入りのポップなバージョンも出版されている。男女御三家はじめ、中学受験の上位校は海外文学を出題することが多い。登場人物の名前がカタカナというだけで、拒否反応を起こす生徒も多いので、4年のうちに慣れておくことはとても重要。
- 引用:『ウリがおくれてやってきた。かさを小わきにかかえている。「かさなんか、どうして引きずってるんだい?」ゼバスチャンが聞いたが、ウリはなにも答えなかったので、それ以上はだれも聞かなかった。ゼバスチャンは考えていた。「ウリは今朝からずいぶん変だぞ。時計みたいだ。ネジをまきすぎたみたいだ。」(中略)ウリは、だれにも気づかれずに体育館をそっと出ていった。計画をじゃまされたらどうしようかと思ったのだ。そんなことになってはいけない。』
森絵都『流れ星におねがい』
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- 難易度:★★☆☆☆(2/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(12月)
- この作家について:人気作家。直木賞受賞。児童文学を多く書いており、中学受験問題に頻出。文は現代的で整っている上、優しさも感じられるもので、特に読書が好きな女子は、この作者の本を選んで読めば、がっかりすることはないはず。
- この作品について:古い文章が掲載されることが多い塾の国語の教材においては、比較的新しいもので、小学生にとって読みやすい。よくあるシチュエーションの物語だが、丁寧に美しく書かれている。
- 引用: 『西川さんが「一位!一位!」とうるさかったのは、自分のためなんかじゃない。校長先生に花だんのことをお願いするためだったのだ。それなのに桃子は・・・。「ごめんね」と、とつ然あやまっても、西川さんにはなにがなんだかわからないだろうから、代わりに桃子はそうっと右手を差し出して、西川さんと手をつないだ。おどろいたことに、西川さんの手は小きざみにふるえていた。西川さんだって、こわかったんだ。そう思ったしゅん間、桃子は、西川さんのことが、好きになった。』
デ・アミーチス『クオレ〜愛の学校〜』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(1月)
- この作家について:19世紀(1846~1908)のイタリア人作家。この作品クオレがベストセラーになった。戦争参加、社会主義活動、家族の不幸など波乱万丈な人生を送った。
- この作品について:この『クオレ』の中の挿話の一部が、日本では『母を訪ねて三千里』として非常に有名。子供向けの本でも手に入りやすいのでおすすめ。下の引用でも分かるように、芯のある心の持ちようが描かれている。イタリア統一戦争下でもあり、今の日本の児童文学とは趣が異なるが、さすがに名作だけあり普遍性があり、クオリティが高いのでおすすめです。
- 引用:ぼくは、お父さんに連れられて、人ごみの外へ出た。歩きながら、お父さんは、ぼくに言った。「おまえなら、あんな場合、自分のやらなきゃならないことをやる勇気があるかな。自分のあやまちを、白じょうしに行けるかな。」ぼくは、うんと、答えた。すると、お父さんは、また、言った。「真心ある、りっぱな少年として、おまえは、はっきり、そうできると約束するんだな。」「約束するよ、お父さん。」
安東みきえ『天のシーソー』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★☆☆(3/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(1月)
- この作家について:現代的な感覚を持った人気の絵本作家・児童文学作家。丁寧でやさしい文が印象的。
- この作品について:小学校高学年の女の子が共感できる内容が詰め込まれており、親への反抗心・友人とのやりとりとズレ・淡い恋愛といった感覚がフレッシュに描かれています。男子生徒であっても、こうした文に慣れることは重要です。
- 引用:「きのう、オレ」佐野が横をむいたまま、ひとりごとのように話しはじめた。「自分ちの前、素通りしたんだ」カタン。ミオはだまったまま、うなずく。「オレのとうさん、そとで仕事してんの。それで、オレがしらん顔で素通りしてくの、見てんの」木々のあいだから夕暮れの光がさし、佐野のりんかくを金色にふちどる。ふたりは、シーソーを漕いだ。それぞれの罪の重さをはかるように、シーソーをゆらした。カタン、オレのしたことが重い?コトン、あたしのしたことが重い?カタン、コトン。ミオは力いっぱいからだをうしろにそらせて、佐野の側を上げた。できたら、佐野を上げたままにしてやりたかった。重く下がることなくどんどん上げて、空の高い場所に、まだ陽がかげっていない場所にまで上げていってやりたかった。
阿部夏丸『峰雲へ』
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- 難易度:★★★☆☆(3/5)
- 男子向けオススメ度:★★★★★(5/5)
- 女子向けオススメ度:★★★★☆(4/5)
- 出題元:SAPIXの4年生の国語テキスト(1月)
- この作家について:児童文学作家。生まれ育った愛知県の矢作川と魚についての物語が多い。中学受験に頻出であり、SAPIXのテキストにも何度も登場する。
- この作品について:昭和40年代の少年たちの姿をフレッシュに描いている。やはり川と魚が大きな要素になっている。文章自体も素晴らしい上、SAPIXのテスト・中学入試に出る確率は今でも高いので、読んでおくことをオススメします。
- 引用:午前五時、正治は目を覚ました。矢作川の堤防から見下ろす村には、まだ人かげはなく、正治は(自分が一番早起きだ)と、むねをはった。神社に着くと、境内はしんと静まり返っていた。(よし、一番乗りだ)正治がそう思ったとき、「へっへっへっ」と、紳一の声がした。見上げると、いちょうの木の枝に伸一がすわって、得意げに鼻をさすっている。正治は、くやしさをこらえ切れずに、思いっ切りその木をゆすった。
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